現在の取組み
現在、カンボジア全土において土地収用問題が深刻化しています。PACEは2011年夏から、この問題に直面したピス村に対する支援を開始しました。
カンボジアの土地収用問題について
PACEは2009年から支援活動を開始したチュローク・チャー小学校周辺において、住民が土地収用問題に巻き込まれる事態を目の当たりにしました。その後、2011年からこの問題により移住を余儀なくされた地域へ、教育支援団体としてできることを模索しながら支援を開始しました。
1.背景
経済発展が急速に進むカンボジアでは、政府や企業による開発が進められています。特に、2001年に導入された「経済的土地コンセッション(*1)」という制度により、民間企業への国有私有地の貸付けが進められてきましたが、一部でルールを逸脱した開発によって不当に現地住民が立ち退きを迫られるケースが発生しています。
PACEが2009年から支援していたチュローク・チャー小学校周辺の土地も、プノンペン・シュガー・カンパニーという企業により、2009年に買収されましたが、多数の住民が住宅地や農地を手放すことになりました。
*1)経済土地コンセッション(ELC)について
主にアグリビジネス促進のために民間企業に国有私用地(State Private Land)を最長99年間貸付けることを認めるもの。民間企業は、以下のような条件をクリアしすることで、森林を含む土地を林業、農業、採鉱、漁業や観光開発等の商業利用のための土地の利用権を付与される。
・開発する土地の周辺の住民と協議し、互いに納得できる開発の方法を導き出すこと
・企業が土地を開発する前に開発計画を立てること
・6ヵ月間、企業は開発を実行する前に、開発による社会的・環境的影響に関する調査を行うこと
2.プノンペン・シュガー・カンパニーの開発
プノンペン・シュガー・カンパニーは経済コンセッションに必要な義務を果たす前に、土地の開発を始めていました。立ち退きを余儀なくされた住民は、同社が用意した移住先へ移住する者もいれば、親戚の住む土地へ転居する者もいました。チュローク・チャー小学校周辺の住民も徐々にその影響を受けており、PACEは2011年から実態調査を開始しました。PACEが支援していたチュローク・チャー小学校周辺の住民の多くは、「ピス村」と呼ばれる地域へ移住させられていました。移住先は道路や病院、学校などのインフラも整備されておらず、住民に与えられた土地もわずかであることから、大変困窮した生活をおくる者が多くいます。移住先に暮らす住民は大半がプノンペン・シュガー・カンパニーに雇われ、賃金も得ているが、労働法に違反するほどの劣悪な労働条件の下で働いていることが、現地住民からの聞き取り調査で明らかになっています。
3.土地収用問題発生の要因
このように、ELCで求められている条件を満たしていないと見られる強引な開発が進められてしまう背景に、以下のような要因が考えられます。
政府の汚職
カンボジアは2011年度版汚職度調査で世界182ヶ国中164ヶ国と、非常に高い腐敗度が示されています。政府高官による汚職が横行しており、一部の権力者及び上層階級のみが利益を得られるような開発を進められ、こうした背景が土地問題にも関連していると考えられます。現在、PACEが支援活動を行っているピス村のケースでも、このグループ会社の社長であるリーヨン・パット氏が、上院議員を兼ねる社会的な地位が非常に高い人物であり、政府との交流を持つことが一つの理由と推測されます。
土地法が機能していない
カンボジアでは、2001年に土地法が制定された。この法律は、市民に土地を所有する権利を保証するための近代的な土地登記制度の創設を目的の一つに掲げ、その法律の下に、土地委員会が設立された。この委員会は、未登記の土地に関する紛争の解決と法的所有権の確定を目的としている。しかし、内戦中にカンボジアの土地制度は崩壊し、土地所有権の権利書と登記簿の多くが失われ、また、政府の汚職により法律が定めている機能を果たしていないために、土地所有権を巡る紛争が依然として多発している(カンボジア開発評議会)。カンボジア全土に被害を及ぼしているこの問題は、住民の暮らしに甚大なる影響を及ぼしている。経済成長が進み、都市では豊かな生活を送れるようになった人々がいることは開発の良い側面でもあり、開発を進めることが間違っていると言っているわけではないが、そのように開発の恩恵を受けてり人々がいる一方で、人々が学ぶ機会を失い、健康を害し、命を落としている現状は無視できるものではない。PACEは、他団体との協力を通して、支援先の問題解決に努めたいと考えている。
現在の支援活動
PACEがピス村を支援するに至った背景には、それまで支援していたチュローク・チャー小学校付近で企業による土地収用が行われたために、住民がピス村に再定住した経緯があります。PACEは、2011年夏からピス村に対する本格的な支援を開始しました。
1.ピス村の状況
ピス村は、コンポン・スプー州(Kampong Speu Province)トゥポーン郡(Thpong District)に位置している、アオラル山脈の麓にある村です。村自体は昔から存在していましたが、2010年6月にチュローク・チャー小学校付近の土地がプノンペン・シュガー・カンパニーに収用されたことから、ピス村に再定住する人が増加してきました。2011年8月に実施した現地調査において、現地NGOのCambodian Human Rights and Development Association (ADHOC)に聞き取りをしたところ、ピス村には300世帯2,000人が居住していると伝えられたが、2013年にPACEが実施したピス村長への聞き取り調査では、152世帯581人が暮らしていることを確認しています。
2.ピス村に対するPACEの支援方針
2011年8月に現地を視察し、2011年10月にピス村支援の方向性を以下の通り検討しました。
● 支援方針
基礎的なインフラが不十分な環境下でも子どもたちが教育を受ける機会を得られるよう、教育支援団体として可能な支援を実施する。
● 目標
・短期目標:子どもに対する教育機会の提供(インフォーマル教育を含めた可能性を検討)
・中期目標:公立小学校の設立
・長期目標:1〜6年生までの全ての児童が持続的に小学校に通うことのできる環境を整える
3.これまでのPACEの取組みと今後の展望
2011年8月にピス村の支援を開始してからこれまで(2012年6月)の支援は、以下の通りです。
<教育支援事業>
ピス村の生活環境は劣悪であり、現在の住民にとって、生活面の充実が最優先課題となっていました。2011年にPACEが実施したピス村世帯調査によると、61世帯中52世帯が生活が苦しいと訴えていました。また、企業に対する要求について聞いたところ、18世帯が賃金を上げてほしいという回答をしました。更に、村に何が最も必要かという質問に対しては、学校(教師)、病院、水(井戸)という回答が6割以上を占めました。このような背景から、教育支援が効果的に実施されるためには、教育支援と平行して生活支援も実施することが必要であるという考えに至り、後述の経済状況改善事業を先行して実施してきました。
今後は、1〜6年生までの全ての児童が持続的に小学校に通うことのできる環境を整えることを目指し、校舎建設を含めた学習環境の整備を検討しています。
<経済状況改善事業>
(1) カンボジアにおける啓発活動支援
2011年に、PACEはCambodian Human Rights and Development Association (通称: ADHOC) が発行している会報誌(2,000部)の総費用1,000ドルのうち500ドルを資金援助しました。会報誌の内容は主に、「本来あるべき経済コンセッションの姿」、「住民の権利とは何か」ということが記載されており、それらは世界銀行、各省庁、国際機関、NGO、大学などに配布されました。また、PACEは、ピス村の住民のインタビュー内容と被害状況を「被害者の声」として提供し、会報誌に掲載されています。
(2) 井戸建設プロジェクト
土地問題を一つの原因として、ピス村では井戸の不足が見られました。そのため2011年9月から2012年3月にかけて井戸建設を実施しました。
● 目的
・水汲みの負担軽減
・乾季の水不足解消
・飲料水・農業用水の確保
・健康状態の改善と感染症の予防
● 実施背景
ピス村では、学校・病院・井戸・道路等のインフラが十分に整備されておらず、移り住んだ約100世帯の家族は現在も厳しい生活を強いられている状況にあります。こうした中で、生活上最も重要なライフラインである水を確保することが最重要であり、それは子どもたちが持続的に教育を受けられる環境づくりに不可欠だと考え、2011年9月に井戸建設を行うことを決定しました。
● 実施概要
2012年3月に井戸を建設する候補地を決定し、井戸建設の契約を現地業者を取り交わしました。建設は3月28日から開始され、5月の半ばに完了しました。PACEは5月に現地からの最終レポートを確認し、6月17日に日本の井戸支援者に対して報告会を実施しました。また、2013年には、衛生的な水の利用に関する知識などを伝えるワークショップやピス村の住民による井戸管理の仕組みの協議を実施し、井戸が継続的に使用できる環境の整備に努めてきました。
<普及啓発事業>
カンボジアへの最大の援助国である日本において、現在のカンボジアの状況をより多くの方に知っていただくことを目的に、カンボジアの土地問題とそれに対するPACEの取組みを講演・発表・セミナー等で発信してきました。
(これまでの実績)
[2011年5月]
桜美林大学での発表
[2011年6月]
カンボジア市民フォーラム/上智大学アジア文化研究所 共催2011年度カンボジア連続セミナー(第2回)
「カンボジアの経済開発による土地問題と教育への影響~学生NGOが直面する教育現場の課題と住民の声~」
[2011年10月]
国際子ども権利センター(C-Rights)×カンボジアの教育を支える会(PACE)共催セミナー
「途上国に学校を建てるだけでいいの?~学校建設の先に必要なこと~」
[2012年12月]
民主党衆議院議員/カンボジア議員連盟 阪口直人氏との面会
[2012年2月]
「カンボジアの「いま」を知ろう!~経済発展の光と影~」— JICA横浜国際フォーラム
[2012年2月]
「大学生が見たカンボジアの開発問題〜カンボジアで今何が起きているのか?〜」— JICA地球ひろば
[2012年5月]
桜美林大学での講演
津田塾大学での講演
[2013年1月]
大東学園高等学校での講演
[2013年2月]
「教育支援と貧困~学生が見たカンボジアの現状と課題~」— JICA横浜国際フォーラム
参考:PACEの過去の支援先と活動実績を見る